【どう生きるか?】セクシュアルヘルス・コンシェルジュ 山崎明美さん

ーNAGANOー

海外での暮らしていると、その国の医療機関の在り方や、それに対する人々の意識も自分の生活の一部となっていきますが、公衆衛生の観点からみる、「どう生きるか?」という問いが、とても印象的でした。
 
 
生き方の多様は、性の多様性でもあり、国によっても、また時代によっても大きく捉え方が変わるから、きちんと語る場を創って行くことの大切さを感じます。
 
  
明美さんがこの道へ進む、そのきっかけは、自分の思いとは別なことから。でも、それをいつしか自分の歩む道としてしまう。だからこそ、明美さんがおっしゃった「ものを考えるということを、しっかりやってみよう」というのが、とても響きます。
 
  
自分の強さと弱さを味方に、しなやかに生きるヒントですね。

 
 
 

 

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今の道を行くきっかけは、どんなことだったのですか?
 
家を出たかったのです。本当はファッション関係とか、子どもの頃から書道を習っていて、その道も考えたんです。ファッションは、母は、まだ既製服が無い時代に、紳士服を作る仕事をしていたので、子どもの頃はずっと、手作りの服を着ていたんです。
 
 
 
すごいですね、手作りで。
 
なので、寧ろ母はファッションの道に行くのは反対で、「教員、銀行員、公務員」と思っていたんです。
 
 
母は、親の言う道を行くのが当たり前だと思っている世代で、なので家を出る手段として看護学校を選びました。それも親は静岡か、東京の学校へと言っていたのですが、修学旅行で行った京都がいいと思って選びました。(笑)
 
 
これは後から知ったんですが、私が通った専門学校が、昔は聖路加国際大学に匹敵すると言われた学校でした。
 
 
 
実際に京都の看護学校に行ってみて、どんな事を学んだと今は考えますか?
 
学生寮でしたので、色々な人が居る。様々な生活習慣があるなって思いました。人って、こんなに違うんだって思いました。
 
 
家(家族)というのは、ひとつのルールがあるから、なんとなく同じモードになる。躾の中でひとつの秩序、方向に行くもの。だから家が違うって、こういうことなんだって思いましたね。
 
 
患者さんはみなひとりひとり違うって、勉強でもそういうことを学ぶんですね。でもそれと目の前の寮での出来事とは、結びついてなかったですね。なので、いまの質問に答えると、自分にフォーカスし過ぎていたというか、心が開かれていないというか、自分の事がわかっていなかったなと。
 
 
人と自分は違うってことを意識している方が、上手くいったんだろうなって、今は思いますね。
 
 
 
誰も若い時って、意識が自分の外に向く時間でもありますけどね。そのあと行かれた保健師学校では、どんなところが楽しかったですか?
 
時々学校を抜け出して、池袋に3本立ての映画を見に行ったり、今だから言えるけど、隠れてバイトをしていたり(笑)東京に戻ったので、楽な感じがしましたね。
 
 
保健師学校では、同じ学生でも年齢幅もあり、臨床看護経験者がいたり、アパートを借りて住んでいる友人もいて、そこに集まって皆で餃子を作ったり、楽しかったですね。
 
 
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これまでお話を聴いていて感じたのは、興味がないものを勉強するって大変だったと思うのですが、学生の時、どのようにモチベーションを維持されたのでしょうか?
 
難行苦行でしたよ。
 
 
看護師になりたい訳でも無かったですし、ただ、帰るところがないんですよね。あとは、その先の保健師学校に行くためでしたね。
 
 
 
その3年間は保健師になるための、通過点だったのですね。
 
保健師学校は楽しかったですね。
 
 
看護学校では忙しくて、本を読む時間も取れなかったんです。文化的なものに飢えていて、東京の保健師学校に行ってからは、本が読めるって思いましたね。
 
 
保健師学校の受験をしようと思った頃に読んだ雑誌の中で、ALS (筋萎縮性側索硬化症)のお父様のお話で、全身が動かなくなる病気なんですけど、その方の奥様が素晴らしいなって思ったんです。
 
 
詳しい内容は憶えてないですが、お父様は寝たきりになっているんだけど、お仕事があって、子どもが外でキャッチボールをしている様子を、ビデオで撮って、お父様から子どもへアドバイスをさせたり。毎日の献立を考えてもらって、献立はお父さんが作っているんだよって、子ども達に伝えていたり。また支えているのが地域だったり、保健師だって書いてあって。
 
 
あっ、そういう世界もあるんだって思ったのが、これは一番の動機付けだったかもしれませんね。
 
 
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保健師学校に行って思ったのは、前期の半分は一般教養で、社会学、心理学、集団力学があって、大学でいう「人をどう考えるか?」って授業があって、それが凄く面白くって。社会を知る、社会、組織や自分を考えるとか、人を見るとはどういうことか?私はこういうのを学びたかったんだって思いましたね。1年、あっと言う間でしたね。
 
 
 
そのあと卒業して、どのような道に行かれたのですか?
 
迷ったんですけど保健師になるのはちょっと先にして。折角看護師になったので、まずはそれを経験してみようと思ったんです。
 
 
当時、医原病が話題になっていて。最先端の医療を提供することによって、それが元で他の病気になったり、不具合をおこしてしまうことを言うのですが、最先端の医療の中で、人がどのように扱われるのかって、興味があって行ってみたんです。
 
 
それで、約4年間やりました。
 
 
 
4年間、やり通したのですね。
 
段々海外に行く人も増えて来て、保健師の授業でも海外から見た日本などの授業もあったので、漠然と海外に行きたいな、外から日本を見てみたいなって思い始めました。
 
 
保健師学校の時に授業に来てくれた先生にその事を相談したら、公衆衛生の現場をみてくればいんじゃないって、英国の専門家を紹介してくれたんです。イギリスは、公衆衛生の発祥の地なので、後で良かったと思いました。
 
 
あと、私が行っていた大学病院の婦長さんにも相談し、ご紹介頂いたのが大学病院に週に1度いらしていた、O先生。週に一回、1日8人程度、なので一人一時間位ですね。テーマは、それぞれに合わせて行ってくれるんですが、このような英語を通して医療を学ぶ時間がありました。
 
 
私はそのO先生と、「イギリスの公衆衛生の成り立ち」が書かれた本を元に、話をしたんです。なんでしょうかね、いまでいう「人生を考える」とか、社会の見方「どう生きて行くか?」を考える時間に半分以上なっていましたね。
 
 
揺り籠から墓場までと言われる英国のナショナルヘルスサービス。英国の地域ではどんなヘルプがされているかなど、それが現実に行った時に、助けになったんです。自分のやりたいことを叶える入り口って、「人」なんですよね。人が繫いでくれる。自分の先生、またその周りにいる先生達からアドバイスを頂きながら行けたって感じでしたね。
 
 
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向こうに行って役立ったと言われましたが、どんなところが役立ったと思いますか?
 
浅い理解だったかもしれませんが、全く知らずに行くより、仕組みとして理解していけたのは、良かったです。
 
 
日本の保健師を束ねているのは、保健師なんですね。でも英国では違うんです。当時英国では、ヘルス・アドミニストレーション、公衆衛生や、公衆衛生管理、地域の健康作りなどを学んだ方が来るんです。
 
 
 
医療の世界へいく切っ掛けは、なんとなく。それがいつの間にか明美さん自身が、その道をドライブしているように感じましたが、それはどんな事からだと思いますか?
 
保健師学校で、健康教育論のA先生が話していた、国際的に日本がどんな位置があるか、パブリックヘルスの違いの話をしてくれて、WHOに、健康教育ユニオンがあって、A先生は理事をしていらしたこともあったとか、そのユニオンが初めて日本で会議をすることになり、私もボランティア活動として、参加させて頂いたんです。
 
 
海外から色々な方がいらしていたり、イベントの裏もみたり、そういう中で、こんな風に世界で働いている方々いるんだって。全然病院とは違う、公衆衛生の場面があって、「WHO」って教科書で読んだけど、当たり前ですが、人がこうやっているんだって、この辺からですね。
 
 
 
それは、いい経験ですね。
 
「パブリックヘルスは、アートだよ」と、その会議で出会ったK先生はおっしゃっていて、「公衆衛生も、何もないところから作って、一から仕掛けてやってみて、それはまた終わって行く。そのサイクルが、アートだと思う」って、言っていましたね。
 
 
芸術的に創って、それを眺めているというものではなくて、もっと生きているものだって、いま、自分がやるようになっても、アートだって思うんです。
 
 
このK先生には、本当にお世話になって、論文をまとめたりする際に、一から教えて頂くようでしたね。K先生のご指導がなければ、いま(自分の立場)こうしてないですね。
 
 
 
なるほど。全然違ったかもしれないのですね。
 
当時の先生達が言っていた、日本の公衆衛生でこんなことが出来るといいなと言っていたことが、やっと少しずつ変わって来たのかな。
 
 
 
それはどんなことですか?
 
個に対して、徹底的にサポートしていくところですね。
 
 
それはまず「どう生きるか?」ってことですね。公衆衛生って、そういうことなんだと思います。元にあるものは、「どう生きると幸せになるか?」、どんな心地よい状態をおくとか、人によって表現は違いますけど、そこなんだと思います。
 
 
本当に尊厳がなくなると生きていけない。
 
 
よく学生達が「自信がない」と言いますけど、自信がないなりに、掘っていけば尊厳があって。私はそう思います。
 
 
公衆衛生とか、医療って、哲学が必要だと思うんですね。ただ、哲学の授業がある学校は少ない。私が出会った先生達は、ヨーロッパで経験をしているので、世界観が異なる。まずは(日本を)出て来るといいよって言っていましたね。
 
 
周りが全て外国人になっても平気になれば、それだけで大丈夫だからと(笑)
 
 
 
なるほどね(笑)
 
恋愛だってそうでしょうって。
 
 
「セクシャルな行為も、多くの日本人はそれを、恋愛のゴールと思っているけど、ヨーロッパでは、それをプロセスだと思っている。そういう感じが僕は違うんだと思うんだよね」って、言っていましたね。
 
 
 
わかるような気がします。恋愛にも哲学がある。
 
プロセスとゴールの話は、ずっと印象に残っていて、いまその性の健康の専門家としてやっていて、こんなに時代が変わっているのに、なんとなくゴールに置いている人が多いなって思う。
 
 
そうだとすると、逆に苦しむんじゃないかなって思う。
 
 
 
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どんなタイミングから、いまの「教える」という立場になられたのですか?
 
保健師になったと同時に、大学へ行ったのですが、それは「考える」ということを、「どう考えるといいのか?」ものを考えるということを、しっかりやってみようかなと思って行ったんです。
 
 
 
すでに資格もあり自立もされて、海外に行く夢も実現し、それでもその先を行こうと思ったのは、どんな思いからですか?
 
健康教育でやろうって思って。
 
 
イギリスに行った頃に、日本でも初のHIVが騒がれていて、それが実は松本だったんです。
 
 
当時は、松本ナンバーの車が通るだけで移るからと言われたくらいで、感染症の先生達が主になって色々な対策を取って、沈静化を計ったんです。それが元で、各地でHIV予防協議会ができて、いま私も松本で関わらせて頂いています。
 
 
ハワイで予防啓発をされている方が書いた文献の中に、HIVって、いままで日本が積み残して来た、貧困対策や障害者対策など、色々な課題になっていることが全部入っていて、プラス、性。
 
 
これは医者だけでは解決しないし、包括的にやるんだって言われていて、健康教育が大事って、それがとても印象的でした。
 
 
 
これまでを振り返って自分の道をみて、自分に言ってあげたいことはどんな言葉ですか?
 
あとは道を定めて行こう、かな。(笑)
 
 
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どんな道なのでしょうか?
 
大学が出している地域貢献として、中学や高校でもお話をしています。ただ、私じゃなくても出来そうなことはやめようと思っていて、もっと、問い、質問を交えながら、ワークショップを開いていきたいと思っています。
 
 
性の健康というと、大人の人は、性行為とか、望まない妊娠。性感染症を予防するとかを望まれるのですが、いきなり子ども達にそんな話をしても、あまり入らないと思うんですね。子ども達も恥ずかしい感じとか、「またか?」とか、「どうせ駄目っていうんだろう」って感じで。
 
 
もっと生きて行く上で大事なことなのに、お付き合いして初めて、「えーっ?」となって。お友達に話して済む様な(性の)悩みであればいいんですけど、そうじゃないから、悩むのであって。
 
 
昔は社会的に圧力があったけど、性的嗜好が様々で、恋愛は生きること、自分のアイデンティティに関わることなのに、実はあまり学んでない。
 
 
「どう生きたいか?」、「どんな性的行為をしたいのか?」、「じゃ、どんな人と一緒にいたいのか?」、「どんな人と結婚したいのか?」、そういうことを、20〜30代に考えてみるってことが、凄く大事だなって思います。仕事することとホルモンも関係しているので、そんなお話も出来たらと思っています。
 
 
 
ご自身の人生経験と照らしてみて、どんな事が役立ったかなと感じていますか?
 
30代にケアしたことって、40代に出る。
30代に無理しちゃうと、40代に力が出ない。
 
 
30代にどんな手当てしたかによって、40代に出るし、40代にどんな手当てしたかによって、50代に出るし、「どう生きたいか?」になるんだと思う。
 
 
どう楽に生きて行こうか?
 
 
「心に屈託がない」、気掛かりはあるんだと思うんですよ。心が晴れ晴れしているのとは違うと思う。
 
 
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これまでも何度か話の中で、「生き方」とおっしゃっていて、その一つだと思うのですが、明美さんの言う「屈託のない」とは?
 
「楽しいことを本当に楽しめているのか?」、シンプルに居られるのが、楽なんじゃないかなって。
 
 
これはよく色々な人が書いていることですが、例えば、(期待している人から)電話がこない。私のことを嫌いじゃないかって、悩んでしまった。
 
 
事実は何?
電話が来ない、それだけだよね?って。
 
 
シンプルに考えると、心に(悩みとして)溜っていかないんじゃないかな。これを本当はもっと若いうちに分かると良いなって思いますね。
 
 
 
なぜ、大人にならないとそう理解出来ないと思いますか?
 
ひとつは、早くから考える時間を持つこと。
 
 
ライフプランから考えた方がいいと思う。キャリアプランを先に考えると、キャリアにライフを合わせるようになるので、無理があるような気がして。
 
 
ライフを先に考える。
 
 
勿論、計画通りにはならないんですけど、自分の軸を持って、舵をきっていく。悩む事は変わらないんですけど、順番が大事じゃないかなって思います。そういう意味で、こういったことを早くに知っていると、心の問題、自己効力感を折に触れて考える。
 
 
子ども達は考えたくないって時期もあるけれど、ただ、否定されなければ、みな考えるんですよ。そういう意味では、「魔法の質問」とか、質問しながらビジュアルブックを創る「ライフストーリーテラー」などいいなと思う。やり方次第じゃないかなって思っています。
 
 
 
このブログを読んで下さる読者の方へ、どんなことをお伝えしたいですか?
 
時々自分がどう生きていきたいとか、何を大事にしたいとか、感じるとかそういう時間を持ってもらうって大事かなと思う。そういうお手伝いが出来たらいいなって思います。
 
 
外から引き出してもらい、考える。
 
 
毎年、卒業生達がもっとそういうお話がしたかったって言うんです。なので、もっとこちら側の発信が、足りてないんだなって思いますので、そこに少し力をかけていきたいなと思います。
 
 
 
いま明美さんから受けられる講座は、どんなものがありますか?
 
女性の生殖器、及び性に関する、個別のご相談とかお受け出来ます。女性へのワークショップも開催可能です。大学の講座としても、個別でも受けることができます。
 
 
あとは、少人数であれば、「魔法の質問ライフストーリーテラー」のワークショップを、開催できます。受けた方達が、“自分は、これでいいかな”って思って頂ければいいなと思います。
 
 
悩みは色々あるけれど自分は、「まあまあOKじゃないかな」って思えたら、良いですね。
 
 
 
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セクシュアルヘルス・コンシェルジュ(性の健康学習サポート)&大学教員 山崎明美さん

 

現在、信州大学にて、学術研究院保健学系広域看護学領域(公衆衛生看護学)を担当する講師。性の健康とは、単に性行為や性行動のみではなく、男性・女性等の生殖器の健康、性的指向や性分化疾患・性同一性障害、性行動に関わる予防接種および癌や疾病の予防、妊娠や不妊治療、生殖器の健康、性的な関係を結ぶ相手との人間関係、栄養、コミュニケーションスキル、メンタルヘルス、医療関連機関や社会資源の活用、選択力・判断力の向上、性行動と法規定、性被害予防と対処行動など、性と生に関わる健康を含む。包括的性の健康セクシュアルヘルスホームページ