わからないがあるから、前へ生きて行ける

 
 
わからないがあるから
人は前へ生きて行けるのだと思う。
 
 
有り難い学びを得たに湧いて来る
”わからない”という問い。
 
 
もし、全てを分かったら
人は行動しないだろうし
例えしたとしても、途中でやめてしまうだろうね。
 
なぜなら、面白くないから。
 
 
わかならないがあるから
日々、自分の中で
その学びが生きて来るもの。
 
 
わからないというのは
実はとても楽しいことなんだと思うのです。
 
 
 
新聞、TVから始まって
この情報社会の中では
分かることが前提に進められて行くけれど
すぐに分かってしまうことには、何の意味もないようにさえ感じます。
 
 
特に日本の社会では
分かりやすさを求める所が強いよいに思う。
それは逆に生きる楽しさを奪ってしまうことが
あるなーと感じます。
 
 
自分の中に湧いて来る
わからないを深めて行くことに
 
いまを生きている
その喜びがあるんじゃないだろうか?
 
 
 
有り難い学びを得たに湧いて来る
”わからない”という問いにどれだけ向き合うか
それが実行ってことなんだと思うな。
 
分かるからやるんじゃなくて
分からないから、やる。
 
 
 
わからないがあるから
人は前へ生きて行けるのだと思う。